ゆるく生きたい〜ふわ太の人生日記〜

ただ静かに生きていたいだけなのに…そんな自由人の「なんだかなぁ…」の詰まったニートの人生日記

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「生きづらさ」が「生きがい」になるまで〜不登校まで

「生きづらさ」が「生きがい」になるまで

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ども〜ふわ太ことファビュラス☆銀河ですん。
突然ですが僕は今までの人生、失敗ばかりしてきました。(いや知ってるかw)幼稚園児の時からそして大学卒業するまでそれはそれは大きな「生きづらさ」を感じて来ました。

不登校
進学
就活
就職…

今までどうして僕はこんなに周りと同じことができないのか、どうしてすぐに辛くなるのか、僕はダメ人間なのだろうか…
ずっと思っていました。

ということで今回は僕、ふわ太が「生きづらさ」を武器にして何故ブログを始め「生きがい」を手に入れることができたかか幼少期から遡ってまとめていきます。

幼稚園でもどうしてか普通でいられない

僕の今の「生きづらさ」を感じたのはこれが初めてかもしれません。とにかく周りの子ができること(じっと椅子に座ること、お歌を歌うこと、決められた時間に教室に戻ること)が中々できない問題児でした。

しかも先生が言っている言葉が全く理解でき無いことがほとんど、先生は注意してくれるけどその意味が全くわからない。「注意されているんだ!」ということすらもあまり分かってなかったのかも…?w

けれどまだ幼稚園児です、僕みたいな問題児は少なくありません。

この時の僕はそれ以上に「生きづらさ」感じていることがありました。



毎日のように繰り広げられる両親の喧嘩

僕の両親は毎日のように(毎日では無いとは思いおますが体感では毎日)激しい喧嘩をしていました。今思えば内容なんてそんな重要じゃ無くて、僕が恐れていたのは「大声」。両親の大声聞くと僕は縮こまり震えて部屋の隅っこに避難するんです。
そして僕は決まって考えること、それが「僕のせいで喧嘩しているのかな」そう考えていたんです。

もちろん僕が悪いなんてこと絶対にないんです。ですが幼い頃の僕は愛を与え与えられる存在は家族ぐらいしかいません。そんな中大切な家族が喧嘩しているんです。
僕は両親に笑っていてほしい、ただそれだけを願っていました。だからわざと両親の前でおちゃらけてみたり、笑顔になってほしいがために「ピエロ」を演じるようになっていました。



小学生!毎日楽しい日々

僕は小学生になりますます「生きづらさ」に拍車がかかっていきます。最初はみんなと一緒に遊ぶのが楽しくて、遊ぶために学校へ行っていました。
休み時間になれば外でボール遊び、鬼ごっこ。雨の日には教室でお絵描きや折り紙。友達とのゲームトーク。
毎日、学校へ行くのが楽しかった。

それこそ両親の喧嘩なんて忘れてしまうほど、楽しい毎日を過ごせていました。所謂、学校が僕の逃げ場所だったんです。
小学一年生、二年生の間は無邪気に子供らしく楽しく日々を過ごしていました。

けれど進級するにつれて、少しずつ周りとの「違和感」を感じていくことになります。



周りについていけない!

三年生、僕は大きな違和感を感じることになります。
当時の先生がとても厳しく、授業も大変でついて行くのもやっと、宿題も多く僕は今までの楽しい時間を過ごせなくなっていることに気づいたんです。

ですが周りはどうでしょう
みんなは「こんなの普通じゃね?」と言わんばかりに普通通り勉強やら宿題をこなしていました。
僕はついていけないのにみんなは出来る。僕は強い孤独感を感じ出したんです。

そして「ふわ太はみんなと違う」とそう皆も感じ始めて少しずつ僕は孤立していきました。僕は学校でも居場所を見失い、次第に1人で机に座り、授業が終わるのを待つだけの日々になっていました。

そして僕は学校へ行くのを拒み、不登校になりました。



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